京都と四ツ谷シンクロニシティ物語

 私と四ツ谷の「縁」は浅いようで深い。四ツ谷付近にはさまざまな日本の権力の中枢が寄せ集まっている。アリストテレスは書物に紐解き「あれだ、これだ」と椅子にすわったまま支持をだした怠け者の哲学者である。晩年はアレキサンドロス大王の個人教師となりその英知を分け与えた。しかし、アレキサンドロス大王は無謀なことに東方に遠征してしまった。そのために自己を見失い、浄土へ往ってしまった。この責任は私はアリストテレスにあると思われる。アレキサンドロス大王はまだ若いころにいろいろなつらい目にあっている。世間を知るためにアリストテレスからいろいろとおそわるが、そのアリストテレスの大雑把なカテゴリーわけに思想の破綻をおこしたのであろう。
 私は四ツ谷付近をぶらぶらして、湯島聖堂ニコライ堂(正式名称:東京復活大聖堂)をお参りした。浄土真宗大谷派に帰依しているにもかかわらず、多神教なものである。湯島聖堂儒教であり、ニコライ堂東方正教会に分類される。しかし、学問そのなかでも哲学をする上ではこのうえない寺院であろう。私はそのためにお参りをした。下宿の近くには世界遺産の下賀茂神社があり、そのなかには<わざ>の神様をまつる河合神社が存在する。私はよく散歩におとずれる。夜昼と関係はない。そういえば、某キリスト教系の落語会に参加したあとひっきりなしに私の下宿にキリスト教系研究所のダイレクトメールが届く。いちおう受け入れているが、私はあくまでも浄土真宗大谷派に帰依しているので思想の立場がこんらんすることもある。眠れないよるには〜『聖書』を読むときもあるし『真宗聖典』の「教行信証」に青線をひくこともある。
 夜は京阪線出町柳でおり、とぼとぼと歩く。カップルが下賀茂神社にひとくみぐらいいるが、「よくこんなよるにこんなところでいちゃついておるなぁ」と老婆心に<気>にかける。とくに夏になるとその現象が顕著にみられる。下賀茂神社におまいりにいった回数はも銀河にある星の数ほどある。カンパネヌラもびっくらこくであろう。
「これほどまで神様に頼る人間はいないよ」と
あるとき、白梅町の近くのとある神社の「おみくじ」を引いたら
「その場かぎりの信仰ではバチがあたる」
とでた。神様も仏様も私のことを天と地からみつめておられるようだ。
 鴨川はもう三条京阪あたりをうろつくと夜などはもう「テーマパーク」の様相を呈している。誰が何をしているのかわからない。ここでファイアー・ダンスをしているとおもえば、あそこで自作の歌あるいはコピーバンドのライヴがくりひろげられている。
東京の神田川や沼津の狩野川付近ではなかなかお目にかかれない光景である。自己実現のためにまい進しているのか、青春の一瞬の輝きにいのちをたくしているのか私はわからない。
 論文や小説は夏休みに執筆をすすめていきたい。秋までには輪郭が印象派のぼやぼやしたものではなく、ピカソのようなはっきりとした輪郭になっていれば「最高善」なんだろうが、まあ私は腰が重いので難しいであろう。