カフカ的小説 「ヤメ氏の魂の解剖」

 ヤメ氏は臨床経験を積んだ精神科医だった。ヤメ氏は不眠症に苦しんでいたために、精神医学や心理学を学ぶようになった。アイ子は哲学者で友人だった。いつも「ヤメ氏のメンタル・クリニック」の近くのバーでいっしょにレモン・シュカッシュを飲んだり、紅茶を飲んだ。ヤメ氏はお酒を飲むことができなかった。ヤメ氏の人間観察の能力は3秒で相手の性格、職業、くせなどを服装で判断することができた。しかし、こまかいことにこだわってしまうために<自己の世界>に入ってしまうことが多々あった。ある日、「ヤメ氏のメンタル・クリニック」に患者があらわれた。患者は会話にまとまりがなく、話題がつぎからつぎへと変わっていった。患者は「ほそいものが怖い!」と言った。ヤメ氏はカルテに患者の言葉をつむぎだし、フローチャートにしたり、書き込みをつけながら関係づけていった。
 「おこさまのころはどうでしたか?」ヤメ氏は低音の声で患者に語りかけた
「トメ子ちゃんと遊んでいた」
「何をして遊んでいたの?」
「剣道、わたし、強かったんだけど、トメ子ちゃんに『面をとって』って言われてそのまま竹刀で耳を打たれたの」
「そうか、それはたいへんだったね」
 次の日、ヤメ氏は剣道の道具を買って患者のもとをおとづれた。
「今日は剣道をしよう、さあ市民体育館が開いているから、ぼくも剣道知らないから教えてよ」
 患者は戸惑った。しかし、そのまま箪笥の奥においてあった剣道の道具を取り出してヤメ氏とともに市民体育館へいくことになった。ヤメ氏と患者の立会いは一歩も引かないものだった。そのとき、ヤメ氏は「ツキ」で患者から<一本>を取った。患者は驚いてへなへなとくずれてしまった。
「これできみのさきちょこえ〜はなくなったよ」
患者は狐につつまれたような心持ちだった。
 次の朝、患者は怖かったボールペンや万年筆をつかうことができ医療事務の仕事をすることができた。

 ヤメ氏の机には患者が中学時代に剣道の全日本学生選手権大会で「ツキ」で敗れたことが書いてあったスポーツ新聞が置かれていた。「ツキ」で大会に優勝したのはトメ子であった。