心理学ってなんだろう 『教育哲学ノート』より

 ユング心理学のなかで「現象学」の方法を取り入れようとすると、心の現象学すなわち「心の影(シャドウ)」の概念に「現象学」の方法を取り入れることがのぞましいと思われる。また、心理学の世界では、<患者>または<来談者>と規定されており、機転のききかた応じて、さまざまな理論が臨床の「場所」でだまくらかしながら<来談者>に応用される。『サイコドクター』というドラマでは深層心理学におけるフロイトの退行催眠が<患者>にほどこされ、高所恐怖症の乙女の<患者>が父を殺害される光景を幼少期に眼の前で見てしまったという経験がトラウマ(心的外傷)となり、高いところ(20階の建物)で足が動くことができなくなってしまったり、椅子の上でも震えが起きるという症状をあらわしている。フロイトの理論は神経症を患っていたフロイトのコンプレックスの結晶であり、弟子であるユングはそのことを熟知していた。日本における心理学の師と弟子の関係もにたところがあり、フロイト的な理論家(探偵的存在者)とユング的な阿呆な夢ものがたりを説く、ストーリーテラーおとぎばなしを書く存在者)の2つのタイプにカテゴリー化される。私はどう考えても後者だが、コンプレックスを乗り越えるためにはフロイトの理論も受容していかなくては臨床の「場所」ではウルトラCのわざをくりだすことはできない。しかし、一歩一歩着実に臨床経験を積んでいかなければ「机上の空論」でおわってしまう。フロイトの理論を受容するためにはヘーゲルの『精神の現象学』を学んだり、フッサールの<意識の流れ>の概念がくみこまれている『イデーン』を学ぶことによって私の<ものわすれ>や<いい間違い>などはある程度は善くなるとおもわれる。
 教育の「場所」ではユングの理論とフロイトの理論とどちらをつかうべきか悩むところであるが、私の現時点の判断では、ユングの理論を教育の「現場」で使用することがのぞましい。