哲学は錬金術にあらず

 哲学は棺おけに脚を突っ込む練習をする行為であって、奇人変人の学問である。そのために「狭い門から入りなさい」という『聖書』の文句は哲学にあてはまるとおもわれる。カントの哲学を使って人を自由自在にあやつることを知っている人間は哲学するということにはならない。それは正義の概念からそれており、さっさと出て行けと門前払いされるのが関の山であろう。
 そうするよりも、本をゆっくりよみ駄文を書き散らしたほうが精神衛生上とてもよい。だれかを不快な気分にさせることを<気>をつけながら駄文を書くのである。