カフカ的小説 「骨格の問題」

 ダブル氏はシマコさんとトランプをしていた。シマコさんは小説家で『心の錬金術師』という大河小説を書きおえたばかりだった。「つかれたわね・・・・・・やった!ストレート・フラッシュ!また、わたしの勝ちね。ジントニックおごらせてもらうわよ」「ちくしょー、まったくポーカーは君にはとてもかなわないな」シマコさんはポーカーの達人だった。百戦錬磨の頭脳は冴えわたる。
 あくる日、ダブル氏は司法解剖へ行った。ダブル氏は心臓外科をやめたあと、解剖学者となり、若い医学生に法医学とはなにかをとうとうと語るのではなく、むしろぽつりぽつりと点をおさえるように美しき瞳で言葉を発していった。
「みんな、みえない声に耳をすませるんだ・・・・・・」ポカンとしているが、数日たつとその意味が解ってくる不思議な先生だ・・・・・・と医学生達は心の奥底で感じた。
 ダブル氏のあそびは器械体操だった。学生時代、ダブル氏は器械体操にのめり込み、そこから医学の道へ行くことになった。「イメージ、イメージ」ダブル氏は若い頃ひたすらぶつぶつと声にならない声で器械にむかっていた。いつもは多くを語らないダブル氏は身体のことが好きで動きで多くのことを語っていた。器械体操は60歳をすぎて、もうやめにした。ダブル氏は60歳を期にスカッシュをやるようになった。スカッシュの練習場は湖のほとりに存在した。スポンジ工場の近くで何ともいえない「場所」だった。
 シマコさんは小説を書きつづけ、ジントニックを河に流して、そのことをダブル氏に手紙でしたためたあとしずかに万年筆を静かにおいた。そして、シマコさんは旅にでた。